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大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)904号 決定

債権者

村上栄新子

有田一子

西村正和

石倉ツヤ子

債権者ら代理人弁護士

高橋典明

橋本二三夫

財前昌和

債務者

社会福祉法人大阪暁明館

右代表者理事

谷本眞穗

債務者代理人弁護士

加島宏

田中稔子

主文

一1  債権者村上栄新子が、平成一〇年四月一日までの間、債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、同債権者に対し、平成七年一〇月二〇日から平成一〇年四月一日まで、毎月末日かぎり、月三八万四一八〇円の割合による金員を仮に支払え。

二1  債権者有田一子が、平成九年二月一日までの間、債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、同債権者に対し、平成七年一〇月二〇日から平成九年二月一日まで、毎月末日かぎり、月三四万四〇三〇円の割合による金員を仮に支払え。

三1  債権者西村正和が、平成一〇年一二月二一日までの間、債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、同債権者に対し、平成七年一〇月二〇日から平成一〇年一二月二一日まで、毎月末日かぎり、月二七万一六八一円の割合による金員を仮に支払え。

四  債権者石倉ツヤ子の本件申立て及びその余の債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

五  申立費用は、債権者石倉ツヤ子と債務者との間においては全部同債権者の負担とし、その余の債権者らと債務者との間においては、債権者らに生じた費用の二分の一を債務者の負担とし、その余は各自の負担とする。

事実及び理由

第一事案の概要

本件は、債務者に雇用され、その経営する病院に勤務していた債権者らが、債務者から経営再建等を理由とする解雇を受けたところ、その無効を主張して、地位保全及び賃金仮払いを求めた事件である。

一  申立の趣旨

1  債権者らが債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者村上栄新子に対し、平成七年四月一八日から本案判決確定に至るまで、毎月末日かぎり、月三八万四一八〇円の割合による金員を仮に支払え。

3  債務者は、債権者有田一子に対し、平成七年四月一八日から本案判決確定に至るまで、毎月末日かぎり、月三四万四〇三〇円の割合による金員を仮に支払え。

4  債務者は、債権者西村正和に対し、平成七年四月一八日から本案判決確定に至るまで、毎月末日かぎり、月二七万一六八一円の割合による金員を仮に支払え。

5  債務者は、債権者石倉ツヤ子に対し、平成七年四月二八日から本案判決確定に至るまで、毎月末日かぎり、月二〇万四九九三円の割合による金員を仮に支払え。

二  基本的事実関係

1  債務者は、肩書地において、社会福祉事業法二条に規定する第二種社会福祉事業として、大阪暁明館病院(以下「債務者病院」という。)を経営する社会福祉法人であり、医師、看護婦、事務職員など三〇〇名弱の「職員」(就業規則二条に規定する従業員をいい、嘱託、臨時に雇用される者及び日々雇入れられる者を含まない。)を雇用している。その就業規則五五条を受けて定められた停年規定二条一項には、「職員」の定年は六〇歳と規定され、また、就業規則五六条一項四号には、解雇事由として、「病院の業務の必要上やむを得ない事由のあったとき」と規定されている。

2(一)  債権者村上栄新子(以下「債権者村上」という。)は、昭和八年四月一日生まれで、昭和三九年一〇月一二日、債務者に「職員」たるソーシャルワーカーとして雇用され、昭和五三年九月一日係長に昇任し、債務者から、平成七年一月分ないし三月分の平均で、月額三八万四五〇五円の賃金の支払いを受けていた。

(二)  債権者有田一子(以下「債権者有田」という。)は、昭和七年二月一日生まれで、平成三年一月一日、債務者に「職員」たる看護婦として雇用され、債務者から、平成七年一月分ないし三月分の平均で、月額三四万四〇三〇円の賃金の支払いを受けていた。

(三)  債権者西村正和(以下「債権者西村」という。)は、昭和八年一二月二一日生まれで、平成五年一一月一六日、債務者に、一年契約の嘱託の身分で事務部事務職員として雇用され、この労働契約は、平成六年一一月一六日、黙示的に更新された。同債権者は、債務者から、平成七年一月分ないし三月分の平均で、月額二七万一六八一円の賃金の支払いを受けていた。

(四)  債権者石倉ツヤ子(以下「債権者石倉」という。)は、昭和六年一一月一一日生まれで、昭和五一年四月二六日、債務者に「職員」たる給食調理員として雇用され、平成七年一月分ないし三月分の平均で、月額二〇万四九九三円の賃金の支払いを受けていた。

(五)  債権者らは、いずれも、大阪暁明館職員組合(以下「組合」という。)に加入している。

3  債務者は、債権者村上、同有田及び同西村に対して、平成七年三月一七日、口頭で、同年四月一七日をもって解雇する旨の意思表示を行った。また、債務者は、債権者石倉に対して、平成七年三月二五日、口頭で、同年四月二七日をもって解雇する旨の意思表示を行った(以下、これらを「本件解雇」という。)。

三  本件の主な争点

1  本件解雇が、整理解雇として、就業規則五六条一項四号に規定された解雇事由である「病院の業務の必要上やむを得ない事由のあったとき」にあたるか。

2  本件解雇が不当労働行為となるか。

本件における当事者の具体的主張は、本件記録における債権者の地位保全仮処分申立書、一九九五年四月二八日付け、同年五月二二日付け、同月二三日付け、同年七月一四日付け、同月二五日付け及び同年九月二〇日付け各準備書面並びに債務者の答弁書、一九九五年四月二八日付け、同年五月一九日付け、同年六月一四日付け、同年七月一〇日付け及び同年九月二〇日付け各準備書面のとおりであるから、これらを引用する。

第二裁判所の判断

一  はじめに

1  債権者らの地位

本件においては、債権者らは、当初、前記のとおり定められた債務者の六〇歳定年が、労使間の合意により、六五歳に変更されたと主張していたが、後に、保全事件の緊急性等にかんがみ、この主張を撤回するに至った。したがって、本件においては、債務者における「職員」の定年は六〇歳であることを前提とすべきこととなるが、そうすると、債権者西村を除く債権者らは、定年後、債務者に黙示的に再雇用され、本件解雇時においては、期限の定めのない労働契約を締結している地位にあるものということになる。

また、(証拠略)によれば、債権者西村についても、前記のとおり、平成六年一一月一六日に労働契約が黙示的に更新された後は、期限の定めのない労働契約を締結している地位にあるものと疎明される。

2  就業規則五六条一項四号に該当する要件について

債務者の就業規則五六条一項四号の「病院の業務の必要上やむを得ない事由のあったとき」とは、債務者に人員整理の必要性があり、債務者において解雇を回避する努力を尽くしたが、やむを得ず解雇を余儀なくされるに至り、解雇の対象となる人選も合理的なもので、かつ、債務者において組合又は債権者らに対して十分な説明をし、協議を経た場合を指すものと解するべきである。

したがって、以下、右の要件に則して検討する。

二  人員整理の必要性の有無

1  (証拠略)に、審尋の結果を総合すよ(ママ)れば、以下の(一)ないし(九)の事実が疎明される。

(一) 債務者は、キリスト教の精神に則り、第二種社会福祉事業として、病院の経営を行うことを主たる目的として、昭和二七年に社会福祉事業法による認可を受けた社会福祉法人であり、これに先立つ昭和二一年には、病院開設の認可を取得した。債務者の社会福祉法人としての事業は、債務者病院の経営以外にはない。

(二) 債務者病院は、その後、大阪市此花区で最大の病院に発展したが、篤志家による社会福祉事業的な色彩が濃く、経営内容は放漫に流れがちで、昭和五六年三月期決算では、累積赤字は約一〇億二八〇〇万円、長期借入金は約三八億八九〇〇万円となっていた。

(三) 債務者は、昭和五六年、大阪地方裁判所に和議を申請し、和議債権者らの債権放棄と、当時の理事長の私財提供などによって、昭和六二年三月期決算では、累積赤字は約三億二一〇〇万円、長期借入金は約二四億二〇〇〇万円にまで減じ、和議を終了することができた。

(四) しかし、和議申請前から常務理事として理事会の全権を掌握していた清水増三が、組合と対立し続けた上に、和議終了後は、自己の支配するトンネル会社である株式会社メディコスを通じて医療機器、材料を病院に納入して高率の中間マージンを取得したり、病院労働者を大量に派遣して高額の業務委託料を徴収するようになった。このため、和議終了後、医業収入は増加してきたが、医業費用も増大し、医業利益としては和議終了の年度から大幅赤字に転落し、平成五年三月期決算では黒字を出すことができたものの、本件解雇に至るまで、ほぼ毎年度、概ね一億ないし三億の赤字が続いてきた。

(五) このような事情から、債務者は、退職金を支払う財源もなかったため、六〇歳を迎えた者について退職手続がとれず、これらの者を黙示的に再雇用する結果となり、期限の定めのない労働契約が締結された。平成二年三月当時、このような六〇歳経過者は一〇数名にのぼっていた。

(六) 平成二年三月、当時の理事長代行であった清水増三は、六〇歳経過者全員の退職手続を進めることとし、銀行から退職金の財源として約一億円の融資を受けたが、その約半額を緊急に他の支払に流用してしまったことから、結局、六五歳以上の者についてのみ退職手続を進めることとし、同月二二日、該当者に対して、同年六月三〇日付けで退職扱いとした。

(七) 一方、債務者は、経営内容を改善するため、平成五年八月に、樫原義夫弁護士を常任の理事長に迎え、同人の指導力によって、同月、直ちに清水増三を常務理事から解任し、次いで、同年一一月には経常的に財政を圧迫してきた株式会社メディコスとの業務委託契約を解約した上、病院職員を補充し、平成六年三月には、大阪府地方労働委員会において、組合とのそれまでの紛争をすべて終結させる和解を成立させた。この間、理事会の構成員も、それまでの非常勤理事ばかりという体制から、理事長以下三名の理事が常勤となり、事務長も他から招聘し、経営内容改善の業務に専従することとなった。

(八) 右のような改革が達成された平成六年四月、樫原義夫理事長は退任し、新たに債務者病院の院長谷本眞穗が理事長に就任した。

(九) 債務者の財務状況は、和議終了年度の決算時である昭和六三年三月には流動負債約四億九四〇〇万円、固定負債約二五億七六〇〇万円(合計約三〇億七〇〇〇万円)であったものが、六年後の平成六年三月には流動負債約三二億一〇〇〇万円、固定負債約三三億九〇〇〇万円(合計約六六億円)になり、債務超過額は、約七億円から約三一億円に増大した。平成六年三月期決算では、累積赤字は約三一億六〇〇〇万円に、長期借入金は約三三億八九〇〇万円に達しており、同月現在で、流動負債約三二億円、固定負債約三四億円のうちの大部分は、法律上又は契約上の弁済期が到来しているにもかかわらず、各債権者の好意によって弁済の猶予を受けている状況にあった。

2  前記一2にいう人員整理の必要性があるというためには、単なる生産性向上や利潤追求のためというだけでは足りず、客観的に高度な経営上の必要性の存在を要するが、人員整理をしなければ企業の存続維持が危殆に瀕するという差し迫った状況までは必要でないものというべきである。

右1(九)のような債務超過の状況や、同(四)のような利益の低迷にかんがみれば、債務者においては、少なくとも、人員を整理して人件費を抑制する客観的に高度に経営上の必要性があることは明らかというべきである。

3  ところで、疎明資料及び審尋の結果によれば、債務者は、本件解雇後において、債務者病院の部門によっては、退職者よりも高給の職員を採用し、あるいは、補充採用により人員増が生じていることが疎明される。その意味で、本件は、単なる人員削減を目的とした典型的な整理解雇とは異なり、人件費の削減と、主として若年労働者の雇用による能率の向上や職場の活性化を併用した、経営改善のための解雇の事案と理解される。

しかし、事業の活性化を図り、より収益性を上げるために、整理解雇と併せて、有能な人材を高給で採用し、あるいは、部門により人員を充実させる必要のあることもあり得るのであって、このような事実があるからといって、直ちに、人員整理の必要性がなかったとまでいうことはできない。

しかも、(証拠略)によれば、債務者病院全体では、本件解雇前と解雇後では、「職員」については人数で四名、人件費で月二六二万円削減され、嘱託及びパートについても、人数で一・四名、人件費で月五三万円削減され、結果的に、退職勧奨による直接的効果と、嘱託・パートの削減努力とを加えた経済的効果は、月三一五万円(年間三七八〇万円)の人件費の減を達成していることが疎明される。

したがって、右のような事実があったことをもって、人員整理の必要性に関する前記2の判断を覆すことはできないものというべきである。

4  なお、(証拠略)によれば、債務者は、平成七年四月一八日付けで掲示した従業員に対する文書において、「職員皆様の絶大なる協力により、経営は改善傾向にあり、また医療内容も充実し、地域の中核病院としての評価も得ることができるようになってきました。・・・(中略)・・・このたびの定年勧奨の主旨は、退職金の一括支払い、就業規則を遵守する正常な病院運営に戻し、病院の活性化を図り新たな出発をすることにあります。」と記載していることが疎明される。しかし、これはいわば言葉のあやであって、この記載のみから、ただちに、債務者による解雇の必要性の主張が理由のないものとすることはできない。

三  債務者が解雇回避努力を尽くしたか否か

1  (証拠略)によれば、債務者は、前記二1(七)のとおり、株式会社メディコスとの業務委託契約を解約すると同時に病院職員を補充することにより、業務委託料と人件費増との差額(中間マージン相当部分)の削減を達成し、引き続き債権者と折衝することによって債務弁済期限の猶予の延長の同意をとりつけ、医療器器、材料を直接購入することによって、これにかける経費を削減する等の対策を講じたこと、大口債権者と折衝することにより、医業外経費として経営を圧迫していた金利について公定歩合以下までの減額を受けたこと、看護婦を増員することによって、平成六年一〇月、基準看護特一類の承認を得て診療単価の引き上げを実現し、人件費増加分と診療報酬割増分との差額の収入増(月平均約八〇〇万円)を達成したことが疎明される。

2  (証拠略)によれば、平成七年三月期の医業収入は、計画を六〇〇〇万円上回る三八億八一二七万円の実績を上げているが、他方、医業利益の面では計画を七七〇〇万円下回る三八〇〇万円しか上げられなかったことが疎明されるところ、(証拠略)によれば、利益面において計画が達成できなかった要因として、債務者は、事業実施計画中、泌尿器科、耳鼻科、眼科の設備投資未実施による収入減、外来患者数が伸びなかったこと、薬品価格の引下げが業者との交渉で未達成であったことなどの人件費以外の要因を挙げていることが疎明される。しかし、これらの要因が、いちがいに債務者の懈怠によるということはできず、このことをもって、直ちに、債務者が解雇回避努力を怠ったとまでいうことはできない。

3  また、債権者においては、約三〇〇名の正職員のほか、約一〇〇名以上の非常勤職員(嘱託及びパート)がいるところ、非常勤職員に対して、希望退職の募集は行っていないことが明らかである。しかし、嘱託及びパートは、比較的人員整理が容易であって、前記二1(五)のような事情にもかんがみると、希望退職を「職員」のうち、就業規則上の定年である六〇歳以上の者に限ったことは、必ずしも非難されるものではない。

4  以上によれば、債務者においては、解雇回避努力は尽くしたことが疎明されているものということができる。

四  人選の合理性の有無

1  債権者石倉について

(証拠略)によれば、債権者石倉の勤務する給食課においては、同人を含む六〇歳経過者六名の退職と前後して、平成七年二月から七月にかけて、新たに一三名を採用している(ただし、うち六名は同年五月末で退職している。)こと、同債権者の給与は他の職員と比べて極めて低額であることが疎明される。

しかし、特定の部門において、本件解雇後に、従前よりも人員を増やしたり、退職者よりも高給で新たに従業員を雇用したからといって、直ちに当該被解雇者の人選に合理性を欠くとはいえないことは、前記二3で説示したところと同様である。そして、本件解雇対象者の人選は、債務者において、就業規則を遵守して、本来の人事運営の姿に戻すという方針のもとに、一律に、正職員で六〇歳を経過した者を選択したのであって、前記二1(五)で判示したような事情にも照らすと、この基準自体、かなりの公平感を持つものであって(ただし、債権者村上及び同有田については、結論において、人選の合理性を否定すべきことは後に判示するとおりである。)、給食課において、右のような事情があっても、債権者石倉を解雇の対象としたことは、なお、合理的なものであると疎明される。

2  債権者村上について

(証拠略)によれば、債権者村上の勤務するソーシャルワーカーの部門においては、病床数(三三一床)からして、最低二名のソーシャルワーカーの配置が義務づけられていること、従前、ソーシャルワーカーは債権者村上を含めて二名のみ配置されていたこと、同債権者に対する本件解雇後、債務者は、組合の指摘を受けて、平成七年四月二二日、新たにソーシャルワーカーを一名補充採用したことが疎明される。

前記1で説示したように、「職員」のうち、六〇歳を経過した者を一律に退職勧奨ないし整理解雇の対象とする人選基準は、明快であり、かつ、かなりの公平感を持つものであるが、個別に検討した場合、債権者石倉の場合と異なり、債権者村上のように、違法な状況を作りだす結果となるような解雇については、人選の合理性は肯定し難い。

3  債権者有田について

(証拠略)によれば、債権者有田の勤務する債務者病院本館三階病棟は、六〇床を有するケアミックス病棟で、最低一〇名の看護婦の配置が義務づけられていること、しかるに、同債権者が就労中も、勤務割に入らない婦長や短時間勤務の看護学生がいるところから、看護婦数は、法定看護婦数を下回る八・二五名であることが疎明される。

このような、より強い違法状況を作出するような結果となるような債権者有田の解雇についても、その合理性を肯認することはできない。

4  債権者西村について

債権者西村は、前記のとおり、「職員」ではなく、嘱託であったのであるから、前記の人選基準からは外れており、また、嘱託のうちで同人のみを解雇対象とする合理性は、本件において疎明されていないから、同債権者の解雇については、人選の合理性を欠くものというべきである。債務者の主張によれば、職員でないにもかかわらず同債権者を解雇の対象としたのは、同人から職員として雇用されたと主張されるおそれがあったからであるというのであるが、かようなことは、右の判断を覆す根拠とは到底なり得ない。

五  組合ないし労働者への説明及び協議

1  (証拠略)に、審尋の結果を総合すれば、以下の(一)ないし(八)の事実が疎明される。

(一) 平成六年春ころ、債務者は、経営内容改善策の一環として、前記二1(六)のような事情で退職手続をし残していた六〇歳経過者及び新たに定年に達する者の退職手続を進めて、その後を新規採用の若い人材で置き換え、人件費を削減するとともに、能率の向上や職場全体の活性化による収入増を図る計画を立てた。

(二) 債務者は、平成六年五月初め、退職勧奨を実施しようとしたところ、同月一七日、組合が、労使の合意が調うまで中止を要求してきたため、退職勧奨を一時中止した。債務者と組合の間においては、同年五月三〇日に団体交渉が持たれ、定年は六五歳に延長されている旨の組合側の主張と、これを否定する債務者側の主張が並行線をたどったが、同年七月五日、「今回の退職勧奨は凍結する。」旨記載された、妥結協定・確認書(〈証拠略〉)が取り交された。

(三) その後、退職勧奨の問題については、債務者と組合との間で特段論議がされることなく推移した。

(四) 平成六年一一月初旬になって、債務者側が、組合長である坂本重徳に対し、非公式に退職勧奨の再開の了解を打診してきたが、同人は、これを拒絶した。

(五) しかるに、同月一五日、債務者は、六三歳以上の者九名のうちまず五名に、残りの四名に対しても順次、同年一二月末日付けの退職勧奨を行った。

(六) 同月一八日、組合から、債務者に対し、労使の合意が調うまで退職勧奨を中止するよう抗議申し入れがあり、同日、団体交渉が持たれた。同月二四日には、組合は退職勧奨の中止を求めて大阪府地方労働委員会への斡旋申請をしたが、同年一二月、不調となった。

(七) 債務者と組合との間では、同年一一月二五日及び同年一二月一六日、平成七年一月二七日、同年二月三日、同年三月二二日と団体交渉が持たれたが、両者の主張が右(二)と同様に並行線をたどる中、債務者としては、順次退職勧奨を進め、対象者の二二名中一八名が勧奨に応じて退職した。

(八) 平成七年三月一七日及び二五日、債務者は、退職勧奨に応じなかった債権者ら四名に対して、本件解雇を行った。

2  右のような経緯については、右1(二)における、平成六年七月五日の合意の意味が問題となるところ、この合意を文書化した(証拠略)においては、「確認事項」として、「以下の作業を職員組合の意思を適宜、聴しながら行う。・・・(中略)・・・4、停年制ならびに停年退職手続きについては、これまでの実状経緯を踏まえ、その適正化を図る。今回の退職勧奨は、凍結する。」と記載されている。しかし、この記載は、退職勧奨を、組合との協議を進めつつ当面凍結する趣旨ではあっても、組合との協議が調うまで絶対に債務者において退職勧奨を行わないとの趣旨とは必ずしも解されず、本件において、この合意の成立をもって、債務者の行った退職勧奨が協定違反であると必ずしもいうことはできない。

そして、右1の経緯に照らせば、債務者は、数次にわたる団体交渉において、組合に対し、本件解雇の必要性について、説明を尽くしたものと疎明される。

六  不当労働行為性の有無

以上によれば、本件解雇は、債権者石倉についてのみ就業規則五六条一項四号に規定する解雇事由があるものと疎明され、その余の債権者らについては右の解雇事由は(ママ)存在は疎明不十分ということになるが、平成六年七月五日の合意の趣旨については前記五2のとおり解される上、本件解雇が、組合の運営に対する支配介入にあたるとか、債権者らが組合に加入していることの故をもってなされたとの事情も窺われないから、本件解雇が不当労働行為にあたるとの債権者らの主張は採用できない。

七  保全の必要性の有無

審尋の結果によれば、債権者石倉を除く債権者らは、いずれも、債務者から受ける給与のみを生活の原資としていたところ、本案による債務者名義取得までの間に債務者の従業員たる地位の保全及び賃金相当額の仮払いを受けなければ、右債権者らに著しい損害が発生することが疎明される。

しかし、本件解雇は、いずれも就業規則上の停年である六〇歳を経過した者のみを対象としたものであり、本件申立手続外における組合及びこれに加入する債権者らの主張によっても、定年は六五歳なのであるから、本件具体的事案においては、債権者石倉を除く債権者らに対する地位保全及び賃金相当額の仮払期間を、本決定後それぞれ満六五歳に達するまでに限定するのが相当であり、その余の申立部分については、必要性を欠くものというべきである。

第三結論

以上によれば、債権者石倉を除く債権者らについては、本件解雇は無効であり、争いある権利関係の全部と、必要性の一部が疎明されているから、同債権者らの本件申立てをいずれも第二の七のとおり必要性の疎明されている限度で(ただし、債権者村上については、賃金仮払いの月額は、申立額である三八万四一八〇円の限度で)認容して、その余の部分は却下することとし、債権者石倉の本件申立ては、争いある権利関係についての疎明がないから、これを却下することとする。

(裁判官 原啓一郎)

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